興来国奇譚

興来国奇譚 21

「このお話、お兄様はご存じなのですか?」
 当然ながら、このような重要な事柄を、家の主である延笙に知らせずに進められるはずはない。
 海千山千、腹芸をもってこの国の政治を仕切ってきた笙耀ならともかく、ずっと共に育った延笙の隠し事を見破ることは、祐榎にとってはそう難しいことではない。
 けれど昨日も今朝も、兄がそんな話を心に秘しているとは、欠片ほども感じられなかったのだ。
 兄と話し合う必要がある。延笙不在の今、自分の一存で決めていい話であるとは、とても思えなかった。
「延笙殿は」
 痛いところを突かれたのか、広潤は一瞬口ごもる。それに得たいの知れない不安を感じ、眉根を寄せた。
 広潤ほうと重々しく息をつき、苦いものを口にしたかのように、唇を歪めた。
「先ほど、陛下が延笙殿を呼び、このことを伝えましたが・・・」
「承知しなかった、と」
 安堵の色を浮かべつつ、口ごもった広潤の言葉を引き継ぐ。
 実際、心底ほっとしていた。兄が承諾しなかったのならば、この件は直ぐに流れるだろう、そう思ったのだ。
 けれど、それは甘かった。
「そうです。それ故、延笙殿は投獄されました」
「なっ・・・!」
「陛下の命を拒むと、あなたを後宮に入れる気はないと、陛下の前ではっきりとそう言ったのですよ、延笙殿は。陛下はそのことに怒り、延笙を牢に放り込め、と命じたのです」
「牢に・・」
 震える口元に手で覆い、呆然と呟いた。
 祐榎の動揺に畳み掛けるように、広潤は早い口調で続けた。
「ですから、祐榎殿にこうして直接話をしに参ったのです」
「・・・・」
「祐榎殿、あなたの意志や感情はこの際関係ない。延笙殿のため、笙耀殿のため、この家のため、この話をお受けなさい」
「どういう・・?」
「このままではこの家はとり潰され、祥伯殿も官位を剥奪、悪くすれば陛下に叛意ありとされ、罪人となりかねない。それを防ぐことができるのは、祐榎殿、あなたしかいない。あなたが自らの意志で後宮入りを決め、延笙殿を説得して欲しいのです」
「私が・・・?」
 自らの意志で、陛下の元へ行く・・・?
 そんなこと・・・。
「できなければ、貴女が育ったこの家がなくなり、育ててくれた恩人を亡くし、この家の使用人が路頭に迷う。そういうことです」
 淡々と言葉を紡ぐが、そのひとつひとつが針のように祐榎の心に突き刺さる。
 脅しのようなそれは、けれど真実であり、現実になる可能性が高いことを祐榎は知っていた。
 祥伯に反したために、処刑され、家を取り潰され、一家離散となった事件をいくつも、延笙や笙耀から聞いていた。その度に笙耀ははき捨てるように言っていた。あれが王たるもののやり方か、と。
 大切な思い出がたくさん詰まったこの家を、我が子のように育ててくれた養父・笙耀の家を、自分が壊してしまう。
 それだけではない。何も知らない兄を、罪人にしてしまうかもしれない。そんなこと、できるはずがない。できるはずが・・・。
 そう思った時だった。
 ふと、広潤の一言にひっかかりを覚えた。
 育ててくれた・・・恩人?
 父親ではなく?
 それはもしや・・・。
「広潤様、あの・・」
「・・・失礼、言葉を間違えたようだ。今のは忘れてください」
 本人も気づいたようで、弁解がましくそう呟き、それきり口を閉じた。
 しかしその表情がはっきりと物語っていた。
 自分も、そして王も、全てを知っている。おまえに選択肢はないのだ、と。 
 重い沈黙が何よりも雄弁にそのことを告げていた。
 そうなると、この話は他にも意味を持ってくる。
 内乱により王位を奪取した祥伯にしてみれば、叛乱の旗頭となりえる先王の血筋を、野放しにしてはおけるはずはない。
 常に動向を監視し、謀反を企む者との接触を絶つという意味において、後宮という隔離された場はこの上なく最適である。
 今回のことは、後宮入りとは名ばかりで、実質は幽閉、そういうことなのだろう。
 となると、祐榎個人の感情など、無視されるに決まっている。秀慧も納得するかもしれない。
 延笙は知っているのだろうか。
 知っていて、血のつながらない妹をかばったのだろうか。現王である祥伯にとっては害にしかならない、先王の孫娘を。
 そんなことはさせられない・・・。
「わかり、ました」
 自分にできるのは、これしかない。
 目を閉じ、大きく息を吐いた。
「陛下の、御心のままに・・・」
 毅然と言ったつもりだったが、声が震えていたかもしれない。
 自分は裏切るのだ。大切な人を、自分の心を。
 それが正しい道だと信じて。
「ありがとうございます」
 広潤が恭しく頭を下げた。

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