興来国奇譚

興来国奇譚 12

十七年前、莱也王は病の床にあった。

その彼に、うれしい知らせが届いた。
たった一人の息子である京玻、その彼に娘が生まれたのだ。
名を夕璃と言う。
その日は祐榎が生まれてから、三日が経っていた。

笙耀の妻は、男女の双子を産んだが男児は死産、産後の肥立ちが悪く、妻も危うい状態にあった。
女児は祐榎と名づけられた。

一月も経つころ、それまで元気そうだった祐榎の命も、危うい状態にあった。
妻も一向によくなる気配をみせず、それどころか日に日に悪くなって行くようにも思えた。

笙耀はそれを理由に、しばらくの間出仕せず、家に籠もり、妻と娘の傍についていた。
本来ならばそれは許されざることではあるが、京玻に休むようにと強く言われ、莱也王には城に顔を見せるなとまで命じられてしまい、ほとんど仕方なく家にいたのである。


そんな中、嵐のある夜のことだった。
真夜中の急な来客に笙耀はたたき起こされた。
滴る水滴を拭おうともせず、強張った顔でその人物は告げた。
莱也王が亡くなった、と。


翌日、笙耀の姿は王宮にあった。
妻子の容態は未だ予断を許さぬ状況ではあったが、非常事態である。
自分には事態の収拾を図る義務がある。民の生活を守るためにやるべきことがある。

それまでの分を取り戻すかのように、精力的に働いた。一睡もできない日も稀ではなかった。
王の葬儀をどう執り行うか、次の王をどうするか。
それらが主な課題であったが、その中で、一枚の紙が提示された。
それは莱也王の遺書だった。


曰く、京玻を次の王にする。


会議は紛糾した。
現王の意思は絶対という意見もあれば、前王との約を守らぬ遺書など無効だとする意見も。
遺書が偽書ではないかと疑う声も出たが、莱也王の筆跡を知る重鎮達により否定された。
官同士は意見を衝突させ、数日の間大議論が交わされた。。

結局、現王の意志を重視する、という結論に達した。
祥伯を次の王にすることは口約束であるが、京玻の場合は文書にされているためだ。
どちらが有効かを考えると、反対派も黙らざるを得なくなった。


方針が決定したならば、一刻も無駄にできない。
官を総動員して事態の収拾にあたらせ、自分も休みなく書をしたためていた時のことだった。
笙耀に自宅から急使が届いた。


妻が亡くなった、と。


その時のことはあまり覚えていない。
ただ、傍らに京玻がいたことだけは覚えていた。

彼は硬い顔で、すぐに家に戻るよう、笙耀に命じた。
それは次期王の、絶対的な命だった。
この時、彼の言葉に従い家に戻ったことを笙耀は生涯悔いることになるが、この当時に気づくはずも無かった。


京玻の言葉に甘え、彼に後のことを任せ、自宅に戻る。
冷たくなった妻の姿を見、呆然としていた。
何も考えられず、彼女の傍に付き添った。
その夜は一晩、そこで明かした。


翌日の真夜中のことだった。
笙耀は自分に会いたがっている者がいると聞かされ、屋敷の中に呼んだ。

客は京玻の妻に仕える者。笙耀も見知っている少女である。
腕には竹で編まれた籠を、大事そうに抱いていた。
その少女が笙耀を見て、ようやくほっとしたようにぎこちなく笑んだ。

人払いをし、何事かと笙耀が訊くと、少女は涙をこぼしながら訴えた。


京玻が殺された、と。


愕然とする笙耀に、少女は続けた。

祥伯は自分こそが正当なる王位継承者だと言っている。
そのために京玻も、京玻の妻をも殺してしまった、と。


笙耀は悔やんだ。
なぜこの時、自分はここにいるのか。
自分には何もできないのか。

黙ったままの笙耀の前に、少女は籠を差し出した。
動揺を隠せない瞳がその中身を見た瞬間、笙耀はさらなる衝撃を受ける。

赤子がいたのだ。

少女は言う。
せめて娘だけでも助けてほしい、と奥方から頼まれたのだと。
笙耀ならばきっと護ってくれるから、抜け道を通って逃げろ、と。


その時、遠慮がちに扉がたたかれた。
少女に待っているように言い、笙耀が部屋を出た。

待ち構えていたのは彩季だった。
彩季は顔色を青ざめさせ、それでもはっきりとした口調で言った。


祐榎が、息を引き取った、と。

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