興来国奇譚

興来国奇譚 11

延笙が案じていたとおり、そこでは笙耀と駿雷二人の皮肉の応酬から始まり、やがては駿雷が頭から火を吹き始める。
そこに笙耀の一言がはいり、それはさらに激化して行く。
いつものことだから心配してはいないものの、延笙と祐榎は顔を見合わせてため息をついた。

二人の仲が悪いのではないのだ。
ただ駿雷はなぜか笙耀に対して素直ではなく、笙耀も駿雷を何かと目に掛けているために口うるさくなってしまうのだ。
それがさらに駿雷を頑なにさせる。
ただ、笙耀はそれを分かっている風がある、そう延笙は思っている。
延笙から見れば、駿雷が一人で激怒しているように思えるのだ。

それはともかく、その片方は病人である、あまり長居をさせるわけにはいかない。
適当な所で駿雷を引きずり出し、後のことは祐榎に頼むと、延笙はうるさく騒いでいる駿雷を文字どおりに引きずりつつ、私室に入った。

適当な場所に座らせ、目の前に杯を置く。
部屋に置いてあった酒を、それに注いだ。
そうなればもう条件反射のように駿雷はそれに手を伸ばし、口をつける。嗄れた喉にそれは潤いを与えた。
やっとおとなしくなった親友に、ほっと胸をなでおろす延笙であった。

「いいかげんにしろよ、相手は病人だ」
「病人だろうと何だろうと、腹がたつもんはたつんだよ!」

あきれ顔のまま、自らの杯に酒を注ぐ。
自らのそれをじっと見つめる駿雷が、ボソッと言った。

「‥‥だけど、元気、なかったよな」
「駿雷」

本当に思わずつぶやいてしまったのだろう、失言にはっとし、努めて明るく言った。

「やめようぜ、そんなことを話したかったんじゃないんだろう、延笙は」
「ああ、そうだな」

ふっと、二人は真顔になる。
そこからはただの親友同士ではなかった。
国の運命を変えるほどの力をもつ、二人の重鎮の会話だった。

屋敷の者はこの部屋に近づかないように言ってある。
この屋敷には、笙耀が信頼した者しかおかれていない。
それは延笙にとっても同じことである。
彼ら二人が今ここでどのような会話を交わそうと、それに耳を立てる者はいない。
たとえ聞こえたとしても、それを他人に漏らすような者もいない。
だからどのような話でもここではできる。それが王に対する乱を企てるような計画だとしても。

唇を酒で湿らせ、駿雷は瞳をギラリと光らせる。

「おまえが言いたいのは、今日の話か」
「ああ、そうだ」

延笙もまた、杯の酒を飲み干した。

「今この国が置かれている状況、だ」

束の間、沈黙と闇が辺りを支配した。
やがて低い声で、延笙は言葉を紡いだ。

「表向きは皆陛下に忠誠を誓っているように見えるが、実際はそうではない。現在官は二派に分かれている。前王莱也派と、現王祥伯派だ」

淡々とした口調。
彼は憂うるでもなく、嘆くでもなく、ただ客観的に今の状況、とりわけ官の勢力図を見つめている。

「陛下は急ぎすぎた。王位を望むあまり、道を誤ってしまった。もっと時間をかけて諸官を説得すべきだったな。あんな大義名分だけでは、皆の心をつかむまでには至らない」

莱也の人柄を、その治世を懐かしみ、彼と現王祥伯とを比べて幻滅した者は、再び己の手であの時代を取り戻そうとしていた。
そのことを延笙は知っていた。時折、人目をはばかるようにこっそりと、笙耀を訪ねてくる者がいたことを。
その者が昔、前王莱也に仕え、重用されていたという事実も。

莱也王時代に保持していた己の権勢が、時代が変わったことによって失われ、没落したものがかつての威光を取り戻そうと考えている者もいることも確かなのだ。
何も考えておらず、時代に対応する気もない。
そのくせ自尊心だけは一人前で、何かある事に他人の責任にしたがる。
このような者が本気で国のことを考え、民のことを考えているとは思えない。

「内乱を防ぐためにはどうしたらいいんだろうな」

駿雷ポツリとつぶやいた。
戦になれば、また国は荒れる。
民から糧食が搾取され、田畑は馬の蹄で荒らされる。
ようやく前回の内乱から復興しつつあり、民の顔にも笑顔が戻り始めていたのに。

駿雷の言葉に、延笙は答えを与えることはできなかった。


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延笙と駿雷が去ると、部屋の中が妙に静かに感じられた。
病人相手にも駿雷はいつもの調子を崩さない、と祐榎は呆れていたが、それは駿雷のせいではなく笙耀がそうであったようだ。

妙に晴れ晴れとした表情で横たわる笙耀は、彼らが訪れる前よりも顔色がいいようにも見えた。
彼にとっては、適当な口喧嘩をする相手がいたほうがいいのではないかとさえ思わせるほどに。

胸の好く花の香が部屋を潤している。
枕元にあるそれは、珠瑛が届けさせたもの。
白い小さなその花は、実は祐榎の好きな花である。

「相変わらずであるようだな、駿雷は」

笙耀は笑顔で言う。
声もしっかりしており、傍らに座っている祐榎はほっとした。

「ええ、そう変わるものでもないでしょう。駿雷様は、王宮でもあの調子ですわ」
「それではさぞ持て余していることだろうよ」
「陛下が、ですか」
「広潤殿が、だ」

意味ありげな微笑を浮かべる笙耀に、祐榎は首を傾げる。

「宰相とはそういうものだよ、祐榎。武官文官すべてをまとめ上げなければならない。それができて当然、できなければ宰相失格だよ」

との弁は、元宰相の笙耀の言葉であるがために重い。
彼は莱也王の御代、宰相を一時期務めていた。
それは莱也王が死し、王権を祥伯が奪ったことによって終わりを告げたのだが。

「私は王に恵まれた。莱也様は本当に理想的な主君だったよ、祐榎。だから私も喜んでお仕えすることができた。だが、祥伯様はそう言えるのかな」
「お父様」

たしなめる祐榎は困惑するように顔をしかめている。
彼女は莱也を知らない。
だが、祥伯は十分すぎるほど知っている。自分の知っている王は一人きり。比べようがない。

「だがね、祐榎」

笙耀は真顔で言う。

「やはり器というものがあるのだよ。皆をまとめ上げる力、引っ張って行く力、人を引き付ける魅力。そういうものがなければ、とても王などつとまらない。そう思われたからこそ、莱也様は‥‥‥京玻様に王位を譲られようとなされたのではないかな」
「お父様、いいかげんになさってください」

困り果て、子供に諭すような調子で少女が言った。

「そのようなことを言っていることが陛下のお耳に入ったら、ただでは済みませんよ」
「だが事実だ」

辛辣な事を言う。もうため息しか出なかった。

天井を仰ぐ。こうなったら何でも聴いてやろう、という気分でいると、しかし笙耀は沈黙してしまった。
見ると、厳しい表情で何かを考え込んでいた。

「お父様?」

笙耀は一度目を閉じる。そして、ゆっくりと瞼を開いた。

「祐榎」

言葉を確かめるように、名を呼んだ。

「はい」

そこにただならぬものを感じ、祐榎は背筋を伸ばす。

「私はもう長くはない」
「お父様、何を」
「自分の身体だよ、そのぐらいは分かる。‥‥‥延笙にもわかっているようだ」

祐榎は絶句し、笙耀を見つめた。
考えたくない、聴きたくないことが、他でもない父の口から聞かされた。

「だから、祐榎。その前におまえにすべてを打ち明けておこうと思う」

笙耀は祐榎から目をそらし、天を仰いだ。

「十七年前のあの日のことだ」

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