興来国奇譚

興来国奇譚 7

そこまで話し終えた後、祥伯は延笙に顔を向けた。

「ということだ。延笙、頼んだぞ」

延笙は半ば呆れ、苦い顔で主君に応える。

「‥‥そういうことを勝手に確約なさらないでいただけませんか。祐榎が本気で怒ったならば、私では怒りをとけませんよ。それに、こういうことは本人達に任せておけばよいのです」
「私もそう思いますがねえ」

と、延笙に相づちを打ったのは、意外なことに広潤だった。
彼はいつも通りの、ゆったりとした声で王をたしなめる。

「陛下がお悪いのではありませんでしょう。忘れてしまわれた秀慧様本人の責任であると思います。ご本人に責任をお取らせになるべきです」
「わかったわかった」

双方からの攻撃に、祥伯はたまらず降参する。この二人ががっちりと手を組んで自分を攻撃して来たならば、反撃の術がないのだ。

「まあとにかく、延笙、そういうことだから気にはとめておいてくれ。それよりもだ」

結局秀慧との約束どおりに延笙に押し付けてしまい、反論する間を持たせぬまま強引に別の話にもって行く。
にわかに真剣味を帯びた祥伯に、一同の間に緊張が走った。

「おまえたち、どう思う」

何の話だと聞くようでは、この国の重臣など果たせはしない。
それぞれが表情を固くし、息もつけぬほどの重い緊張が部屋中を支配する。
延笙は顔を上げ、堅い声で尋ねる。

「その話、本当なのでございますか」
「嚇樹が調べた結果だ、間違いはあるまい」

その言葉に、延笙は嚇樹の方に視線を走らせる。彼はそれを受けて頷いた。

「まず間違いございません。私は前以て、京玻様を支持している人物に目星をつけておりました。その家人から聞き出したことです。このようなこと、延笙殿の耳に入れるべきかどうか迷ったのですが‥‥」
「私が謀反に加担しているとおっしゃられるのですか?」
「いえ、そのようなことを言っているのではありません。あなたも笙耀殿もこの国のためにも大切なお方です。この国の平和を保つために力を注いでいらっしゃる。笙耀殿も謀反人ではございません。現に加担することもなく、反対に彼らを押さえ付けていらっしゃいます」

同意を求める視線を祥伯に向ける。王は頷いた。

「私としても、笙耀を罰するつもりはない。逆に感謝したいくらいなのだからな」
「ありがとうございます」

自分を信頼してくれる二人に感謝の意を込めて、延笙は祥伯と嚇樹に頭を下げる。
それから何かを考えるようにゆっくりと頷いた。

「‥‥父が死した後も、果たして彼らはおさまってくれるのでしょうか」
「それが問題だ」

苦り切った表情で、祥伯が言う。

「指導者がいなければ、立ち上がりようもない。その分意識がどこに向かうかに気をつける必要があるがな」

行き場のない感情ほど厄介なものはない。
これまで、笙耀に話すことでそれを昇華して来たとすれば、彼が死んだ後はどこに行ってしまうのか。
心の奥底に蓄積されゆくそれは、一触即発の爆弾になりかねない。

小規模の反乱として爆発すれば、祥伯の王位を脅かすほどではないにせよ、わずかながらにでも王の力を削ぐことにもなりかねない。
そしてそれが積み重なればどうなるか・・・。

下手に彼らを刺激できない。それが集結せぬよう見張る必要もある。彼らとて、勝算のない乱を起こすような愚かな真似はしないだろう。そのために彼らに隙を見せてはならない。打つ手の定まらぬまま、頭を痛める祥伯である。
沈思する祥伯であるが、その王をはばかりながらも、はっきりと聞こえる声が耳に届いて顔を上げた。

「恐れながら、秀慧様ご自身が、ということはありませんか?」

全員の視線が、一点に集まった。その先にいたのは嚇樹である。

「なんだと」

怒りの混じった、王の射貫くような視線に、しかし嚇樹はひるまない。

「秀慧様は京玻様をとても慕っておいでだったと聞いております。それだけでも彼らにとってはいい口実となりましょう。もし秀慧様が王位を狙われておいでならば、これは絶好の機会かと存じます」
「ばかばかしい」

だれよりもこう吐き捨てたかったのは、祥伯に違いない。だが、この言葉が口をついたのは、今まで沈黙していた駿雷だった。
声をあらげ、とんでもないことを言い出す嚇樹に対する怒りを露にする。

「もし秀慧様が王位を狙っていたとすれば、確かにこれを利用しない手はないと思う。だけど秀慧様は王位を望んでなんかいない。俺はあの方のことをよく知っているからわかるんだ」
「失礼ながら、私も駿雷と同じ意見です」

彼の親友も、控えめながら彼に賛同した。

「陛下、私もです」

広潤までもがそう言い切ったので、嚇樹としては驚き、同時に裏切られたような気分になった。彼は自分の同志だと思い込んでいたのだ。
だが彼が何の根拠もなしにそう言い切る人物だとは思っていない。
目で問うと、広潤はひとつ頷いて口を開いた。

「私も駿雷殿ほどではないにせよ、秀慧様のことをよく存じております。あの方は兄陛下を陥れるような真似をなさるお方ではありません。そして何より、祐榎殿がおります。あの方の祐榎殿へのご執心は陛下もよくご存じのはず。その祐榎殿は笙耀殿のご息女です。お父上の望まぬことをあの方が、そしてそれを秀慧様がお望みのはずがございません」
「なるほど、な」

彼をよく知らぬものならば笑い飛ばすような発言だが、兄である祥伯は弟の気性を熟知していた。
彼がどれほど祐榎を思っているか、それを本人から、そして珠瑛を通してからも伝わっていた。
四人のうち、三人の意見はまとまった。では、残りの一人はどうだろう。

「嚇樹、どうだ」
「‥‥確かに、広潤様のご意見は正しいと思います。祐榎殿さえいれば、秀慧様は乱を起こしたりなさいませぬでしょう」

宮殿内の噂は、嚇樹をこう言わせるに十分のほどのものであるのだ。
逆に考えれば、秀慧は一人の女性のことしか考えぬとんでもない男である。
嚇樹が秀慧に好意的とは正反対な感情を抱いていると知っている祥伯としては、これでは他国へどのように伝わっているか、心配になって当然である。
思わずため息をつく。

「秀慧の反乱は祐榎次第ということか。我が弟ながら、情けないことだ」
「ですがそのほうがよろしいではありませんか。秀慧様が王位を狙うことはございません。‥‥笙耀殿がそれを願っていたとすれば話は別ですが」

ギクリと、延笙は体を強ばらせた。
まさか広潤が、父と交わしたあの会話を聞いているはずがない。
視線を走らせたが、誰も自分には気づいていないのでほっとする。

父が祐榎に謀反をほのめかすようなことはあり得ないはずだ。
あの言葉は、父と交わしたあれは誰にも知らせる事なく、自分の心の中に止めおいておこう。
祐榎を、妹をこんなことに巻き込まないためにも。延笙は自分にそう誓った。

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