興来国奇譚

興来国奇譚 6

部屋の中には大きな卓があり、椅子が五つ並べられていた。
当然その中でも最も風格あるものに祥伯が座る。
その両わきを、文官武官の長が占め、駿雷の隣には延笙が、広潤の隣には嚇樹が座った。
重鎮の全員がここにいるのだ、これから話し合われることが国そのものの意志になることは間違いない。

「何でこんなことになったんだか」

ぼやく声が届いたか、祥伯が苦笑する。
駿雷の会議嫌いを、彼はよく知っているのだ。
何かに付け逃げだそう、さぼろうとするのを、引きずって連れてくるのは実は悪友である延笙の役目であったりもする。

「それでは駿雷のためにも、手短に終わらせよう。知っているとは思うが、今まで私は、秀慧のもとを訪れていた」

駿雷はそれを茶化すように言う。

「秀慧様、ご機嫌だったでしょう」
「そうだな、浮かれてはいたな」

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浮かれ切っている秀慧は、離宮の己の部屋に待機していた。

その彼に、来客の知らせが届いたのは、まだ太陽も低い午前中のことであった。
延笙と駿雷が内宮で出会ったころと、ほぼ同じころである。

珠瑛のもとを訪れてからにしては時刻的に早いが、祐榎以外に訪問客の予定はない。
珠瑛が思いのほか早く祐榎を解放したのか、それとも珠瑛が留守だったのか、そのあたりだろう。
喜々として扉を開けた秀慧は、その客の顔を見て露骨に肩を落とした。

「なんだ、兄上か」
「なんだとはなんだ。兄に向かって」

憮然とした口調だが、明らかに顔は笑っている。
扉の外で待っていたのは、秀慧と同じ黒髪の青年だった。
彼の顔は見知っている。というより、むしろ見飽きている。
確認するまでもない。異母兄である現国王祥伯だ。

王にこのような事を言えば、即刻不敬罪で投獄されるのだろうが、この弟だけは別だった。
秀慧は顔をしかめ、兄の端正な顔を見つめる。

「なに、また愚痴を言いに来たの?」
「そんなところだよ」

肩をすくめる仕草は、普段の彼からは想像できない。
威厳に満ちた国王陛下は、弟と、そして妹である珠瑛の前でだけは一人の青年に戻ることができた。
それを知っている秀慧は、祥伯を無下に追い返すことができない。
仕方がないとばかりに頭を振り、中に招き入れた。

勝手知ったる弟の部屋、とばかりに、すすめられる前に祥伯は椅子に座り込んでいた。
いつものことである。やれやれとため息をつきつつ、秀慧は廊下から女官を呼んだ。
彼女に、決してだれも通すことのないようにと命じて、固く扉を閉じた。

「気を使わせるな」
「いつものことです、おかまいなく」

さらりと返され、苦笑する。
確かにいつものことなので、否定できない。
彼がここを訪れ、そして秀慧に相談を持ちかけるその内容は、決して他人に聞かれてはならないもの-主に愚痴-である事が多い。
それも、秀慧に話すという過程を通して自分の頭の中で考えをまとめているようで、話はするものの秀慧にその答えを求めることは多くはない。
そんなものを、公的な役職をもたない弟にもちかけるなと言いたいが、第三者であるからこそ言いたいことが言えるのも事実、これも役目と割り切って、聞き役に徹している。

「で?」

と聞いたのは、祥伯の目の前の椅子に座り込んだ秀慧だ。
言いたいことがあればさっさと言え、とその瞳が語っている。
国王に対して、傍若無人にもほどがある。だが祥伯は怒らなかった。苦笑の色がさらに濃くなる。

「笙耀が倒れたという知らせ、まあ、おまえが知らぬはずはないか」

当然、とばかりに秀慧は頷く。

「では、笙耀が莱也王の臣を押さえていたという話は?」
「え?」

秀慧は顔を上げて祥伯を見た。
真顔の彼に、その話がかなりの確率で真実だということを見てとれる。
何をいまさらとでもいいたげに、呆れたふうに肩をすくめた。

「あれから十四年も経ってるんだよ。いまさら兄上の態勢をくずそうなんて考える奴がどこにいるんだよ」
「十四年間ずっと、だ。内乱に発展する寸前に、笙耀が押さえ続けていたらしい。笙耀は莱也王に最も信頼されていたものだ。あれが立てば呼応する者も多かったろうが、だがそれをしなかった」
「兄上を王として認めていたのでは?」
「本当に、そう思うか?」

思わない。
秀慧は心の中でそう言い切った。

あの十四年前の事件以来、病と称して一度たりとも宮殿に姿を見せなかった。
どんなに祥伯がなだめ、脅しても、だ。
それは祥伯に仕えるのを拒んだ態度であることは、誰の目にも明らかだ。
祥伯を王として認めることのなかったということだ。

「それなら、内乱を恐れたんじゃないかな。国が乱れることは、笙耀殿の本意じゃないだろうからね」

これに祥伯は頷いた。
彼自身、それが理由だろうと思っているからだ。
以前それとなく延笙に尋ねたこともあるが、彼も同意見だと言った。
笙耀は平穏を望んでいる、と。

王を王と認めなくても、それでも笙耀は興来国の臣下である。
それが荒れ果てるのを見たくはなかっただろうと。
この国の美しさを、誰よりも愛していたのは莱也だったから。

「そうか、そういうことか」

ここにきて、兄が何を言いたいのかが秀慧にはわかった。
と同時に、身勝手な兄に腹も立つ。立場の違いというものなのだが、それでも憤りを隠せない。

「笙耀殿が死んでしまえば、歯止めが聞かなくなる。そう言いたいんだろう、兄上は」
「そういうことだ」
「笙耀殿が生きようが死のうが、治世に影響がなければどうでもいいわけだ」

弟の声はとがっている。
自分の考え方が気にくわないのだとわかっている祥伯は、だがふと考えた。
祐榎が悲しむからという理由と、押さえがなくなるから、という理由とでは、どちらがより純粋に笙耀自身のことを思っているだろうか。
だがそれを口には出さない。秀慧の機嫌を損ねることが分かり切っているから。

「兄上の施政を崩すのは難しいよ。主だったものがほとんどが兄上を支持しているんだからな」

文官の筆頭である宰相と、その補佐をしている延笙をはじめ、武官を率いる駿雷も完全に祥伯派である。当然ながら、その下につく者も祥伯派である。彼らは信頼できる。

当たり前の話だが、莱也を支持する者は密に、水面下で動いているらしい。
当然反逆者として捕らえられるのだから、表面だけでも祥伯に従っているはずだ。
本当に祥伯に忠誠を誓っているのかを見分けるのは困難である。
だからといって、片っ端から怪しんでいくことはできない。
証拠もなしにそんなことをすれば、国王の威厳などすぐに地に落ちてしまう。
それでは莱也派の思うつぼである。

祥伯がもの思いにふけり、この辺りは心得たもので、秀慧も彼の思索を邪魔をしないよう口を閉ざし、視線を窓の外に向けた。

しばらくの間、沈黙がその部屋を支配した。


「申し上げます」

だが不意にそれは、扉の向こうからの声に破られた。

彼らが部屋の奥にいるのを見越してのことだろう、秀慧に仕える女官の、躊躇いがちだがかなり大きな声であった。
いっそ無視しようかとも思ったが、秀慧がこの部屋にいることを知っている女官は、大声で何度も呼びかける。本当に仕方なくといった体で、あたかも義務であるかのように彼も返す。

「何事だ。誰も近づけるなといっておいただろう」

部屋の主人、秀慧は、およそいつもの彼からは想像もできぬ、厳かな声でいった。
大きくはなかったものの、それは女官にも届いていたようだ。
しかしさすがに王宮に仕える女官である。そんな主人の声にも、その人物はたじろがない。

「ご命令、確かに承っております。しかし・・・」
「命令だ。下がれ」
「秀慧様、お願いでございますから」

尚も食い下がる。彼女には、今だれがこの部屋を訪れているかも分かっているはずだ。
それを承知の上で、さらに重要な話があるのだとすれば、それを無視するわけにはいかないだろう。
しかし、それほど重要な用件なのならば、自分ではなく兄であり王でもある祥伯に伝えるべきなのではないか。
ため息をつき、本当に仕方なくといった様子で、秀慧は言った。

「わかった。早く用件を言え」
「秀慧様に、お客様がお見えです」

秀慧は内心で舌打ちした。なんと間の悪いことだろう。
おそらくは、自分に兄の愚痴を言いにきた、官の一人に違いあるまい。兄がいるというのに、鉢合わせでもしたら、気まずいのはそちらだぞ、と。
だから、その人物のためでもある。彼は冷たく言い放つ。

「帰ってもらえ」
「ですが秀慧様・・・」
「約束はなかったはずだ。こちらの都合も考えずに押しかけたそいつが悪い。それでも帰らぬような不躾な客なら、こちらから願い下げだ」

吐き捨てた彼の言葉に、慌てたのは呼びかけた女官の方であった。

「しゅ、秀慧様」

秀慧をとがめて置いて、それから、申し訳ございません、と相手に言っているのが扉越しに聞こえた。
客に対するものであると悟った秀慧には、それがなぜなのかわからなかった。
悪いのはそちらだろうにと。
だがその次の瞬間、彼は思い知ることとなる。

「わかりました」

はっきりと怒りをはらんだ声が、扉越しに流れてきた。
それが耳に届いた途端、秀慧は硬直する。声から相手を察したようだ。
相手が誰なのかが祥伯にもわかったのだろう。
はっきりと顔色が変わった弟の様子をおかしそうに眺めて、祥伯は喉を鳴らした。

「不躾な客は帰ります。秀慧様に、よろしくお伝えください」
「ちょ、ちょっとまっ!」

慌てて扉を開けるが、すでに彼女の姿はそこにはなかった。
申し訳なさそうに佇んでいる女官に、八つ当たりだとはわかっていながらも恨めしげな視線を送る。

「どうして祐榎だと言わなかった」
「お伝えしようと思ったのですけれど・・・」

秀慧は大きくため息をついて、女官に下がるように指示した。
そうして今度は、祐榎以外の人物は、決して通さないようにと伝える。
大きく肩を落として戻ってくる弟に向け、祥伯は笑いを禁じ得なかった。
そんな兄に、秀慧は頬を膨らませる。

「‥‥祐榎と約束してたんですよ。珍しいものが手に入ったから、今日見においでって。俺の方が誘ったのに」
「だが、約束を忘れていたのはおまえだろう。祐榎が怒るのも無理はない」

他人事のように言う兄を、頭を抱え込んでいた秀慧は上目遣いに睨んだ。

「兄上のせいですからね。祐榎に嫌われでもしたら、一生兄上を恨んでやる!」
「わかったわかった」

苦笑混じりに彼はそう言って、弟を慰めることにした。
いったいこれでは、どちらが相談にきたのやら。
でもまあいい。
こんな弟だからこそ、信用できる。
内外に敵の多い今の情勢では、信頼できるものが一人でも多くほしい。
そのために、彼は弟の怒りを、八つ当たりではあったが、静めなければならない。

「私から延笙に伝えておくから。延笙の言葉なら、祐榎も怒りを静めてくれるだろう」

つまりは結局人任せである。彼女の実兄、延笙に矛先を向けさせようと。

「そんなんで祐榎の怒りがおさまればいいけどなあ」

ため息をつきながらぼやく秀慧に、祥伯は笑いをこらえることができなかった。

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