興来国奇譚

興来国奇譚 4

笙耀ほどの人物の屋敷ともなると、その敷地はかなり広い。
もちろんその全てが建物で覆い尽くされているはずもなく、半分ほどは、優美な庭園が設けられている。
秀慧と祐榎、二人が訪れているのは、池を囲うように造られた庭園だった。
母屋の祐榎の部屋から見渡せる位置にある。
そこに行くまでの道筋には石が埋め込まれ、歩きやすいようにされている。
手入れの行き届いた背の高い木には、小さな実がなりはじめていた。

「元気そうだったな、笙耀殿は」

努めて明るく、秀慧は言った。
だがその瞳は祐榎を気遣うように優しい。

彼の目には、笙耀の容態が思わしくないことは明らかだった。
だが、そんなことを祐榎に言えるはずもない。
すぐ隣を歩いている祐榎は、柔らかい笑みを見せた。

「秀慧様がいらしてくださったおかげですわ。口では何を言っても、父は秀慧様を好ましく思っているようですから」
「その割りには、この屋敷を訪れるたびに口うるさく言われてるような気がするよ。王弟らしい振る舞いをしろとか、すこしは勉強しろとか。宮殿に姿を見せない笙耀殿が、何で俺の所業知ってるのか疑問に思ってる」

くすくすと笑いながら、その疑問に祐榎は口を開いた。

「父の友人方が、よく訪ねていらっしゃいますわ。その時に決まって、秀慧様の話題が出ているようです」
「つまり、諸悪の根源は宮殿のたぬきどもだな」

ひどい言われようである。
諸悪の根源の、そのまた原因は誰であるかということを、意識して忘れ去っているとしか思えないような発言だ。

「皆様、本当に秀慧様のことを思われておっしゃってるのですよ?」
「それこそ大きなお世話というものさ。俺は俺、ほかの何にもなれない。そのことが何でわかんないんだか‥‥」

言って、それから秀慧は苦笑した。

「確か俺の方が祐榎を元気づけに来たんだけどな」

ぼやく秀慧の言葉を聞き、祐榎は穏やかに笑う。

「大丈夫ですわ。父が倒れたと聞いたときは、ひどく驚きましたけど、どうやら落ち着かれたようですし。でもしばらくは、父の側についていて上げたいと思います」
「それがいいよ。俺から姉上に言っておくから。しばらく、宮殿に顔を見せなくてもいいからね。笙耀殿が良くなられるには、祐榎は特効薬だと思うよ」
「ありがとうございます。ですが、珠瑛様には私が直接申し上げますわ。ご心配をおかけしましたから、ご報告に行かないと」
「気にしないと思うけどね、姉上は」

祐榎が直接その意を申し出に赴かなくとも、珠瑛ならば心配こそすれ、自分を軽んじたと腹を立てることはあるまい。
自尊心の塊のような王族に多いそのような暗さが、この珠瑛秀慧姉弟にはない。それがまた、この姉弟が人を引き付けることになっているのだ。

「宮殿にくるんだったら、ついでに俺の離宮にもおいでよ。おもしろいものが手に入ったんだ」
「おもしろいもの?」
「ああ。隣国が贈って来たものなんだけど、音楽を奏でる不思議な箱だよ。祐榎も気に入ると思うよ。いくつかあるんで、気に入ったのがあったらあげるよ」
「秀慧様、それは‥‥」
「だから、気に入ったらだって。祐榎、指輪を汐穂にあげただろう?その代わりと言っちゃ何だけど、気に入ったらでいいから受け取ってよ、ね」

片目を閉じる秀慧に、呆れた表情をして見せた。
全くこの人は、何か贈らないと気がすまないのか。
そんなものが、自分の心を捕らえたのだと思っているのか。
もしそう思っているのだとすれば、自分に対する大変な侮辱である。

まあ、いいか。祐榎は息をはき、そう思うことにした。
珠瑛に言われたこともあるが、軽い口調とは違い、瞳は真剣な色を浮かべている。
その瞳を見つめていると、彼が自分のことを大切に想っていてくれているのがわかる。
それで十分だ。
祐榎の唇に、微笑が浮かぶ。わざと声をとがらせて言った。

「珠瑛様にお会いしてから行くのですから、いつになるかわかりませんわよ?」

秀慧の瞳が輝き、笑みがこぼれる。

「かまわないよ。部屋で待ってるからさ。どんなに遅くなってもいいから、来るんだよ。約束だからね」

本当にうれしそうに、子供のように笑う秀慧を見つめ、祐榎も幸せそうにほほ笑んでいた。

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