君に出会うために - 聖翔学園物語 -

君に出会うために 9

 入学式の翌日。
 前日に予告されていたように、この日は午前中に行われたオリエンテーションのみで、授業らしい授業は行われなかった。本格的に始まるのは、土日の休みを挟んで、来週からになるということが伝えられた。
 行われたオリエンテーションは簡単なもので、配布された資料や学園内の施設の大まかな説明、そして所謂「選択授業」と呼ばれる授業制度についてだった。
 一年生の場合、月水金の午後の2時間がそれに当てられる。どれを取りたいかはすぐに決められないだろうから、4月中はどの授業でも見学可能とし、4月末に選択する科目を決め、5月から実際に講義が始まる。
 この3年間は、何よりも学業優先と考えていた。けれど零も、零の母親である伯母からも、成績のことは気にせずに好きなことをすればよい、とのアドバイスを受けた。仕事で帰って来れずに会うことができなかった伯父も同じ意見だと、伯母は笑いながら言っていた。
「成績のことなら、なるようになるわ。奨学生でなくなっても、聖翔に通う方法はいくらでもあるからね」
 いくらでもってなんだろう。
 その方法は、鈴鹿には思いつかない。
 普通に授業料を払う以外にも、何か方法はあるのだろうか?
 けれど、それが鈴鹿にわかるはずも無い。
 考えても仕方ない、自分は今やれることをやるだけ。
 そう結論付け、ふうと大きなため息をついたときだった。
「選択授業どうする?」
 柔らかく耳に心地よい声が頭の上から降ってきた。
 顔を上げると、いつもの極上の笑みを湛えた唯と目が合った。
「わたしは決まってるよ」
 すぐ横には香奈の顔。どうやら二人は、ずっと鈴鹿が悩んでいる姿を見ていたらしい。
 そしてその悩みの種が選択授業にあるらしいと思い、そう声を掛けたようだった。
 決まっている、という香奈は、確かに何の迷いもなさそうな表情を見せていた。
「香奈ちゃん、何にするの?」
「・・・大体わかるけどね」
 既に香奈の性格を熟知しているであろう唯が、半ばあきらめ顔で呟いていたが、その言葉は香奈には届いていなかったらしい。拳をぐっと握り締めて、晴れやかな笑顔を見せた。
「もちろん!全部部活につぎ込むっ!」
「全部?部活?」
「そう」
 力いっぱい頷く。
「何の部活なの?」
「弓道部よ。ずっとやってるの」
 なるほど、彼女は体育会系らしい。そういわれれば、思い当たる節がないわけではない。
「選択授業と、その後の部活動と。思いっきり打ち込めるなんて最高!」
 キラキラと目を輝かせるその表情をしばらく眺めていたが、ふと鈴鹿は思い出したことがあり、唯を見上げた。
 目が合った彼女は、どうやらとっくに気づいていたらしい。
 困ったように肩を竦めると、手にしていた冊子をパラパラとめくり始めた。
 うっとりと夢見心地な香奈の目の前に、それを突き出して一行を指差した。
「香奈ちゃん、コレ読んでみて」
 急に現実に引き戻された香奈は一瞬眉を寄せたが、真剣な顔を見せる唯に逆らえるはずも無く、その冊子に顔を寄せて一文字ずつ読んでいく。
「・・・但し、各クラブ活動(及び部活動)に所属する者は、属する部の活動を選択する場合は週2時間までとする・・・はいっ?!」
 読み上げる声がだんだんと大きくなり、最後には教室中に響き渡るほどの声で奇声を上げる。当然ながら同級生の視線が一瞬にしてこちらに集まったが、本人には気にする余裕は少しも無い。
 しばし呆然としている香奈に代わり、鈴鹿はクラス中の視線を一心に浴びて、居心地の悪い思いをする。頬を少しだけ赤く染め、俯いた。
 鈴鹿が思い出したのも、その一文である。
 すなわち、香奈が弓道部に所属するならば、2時間までしか選択することはできず、残りの4時間は別の授業を選択しなければならない。
 唯から冊子を奪い取り、何度も何度もそこに目を走らせるが、文章が変わるはずも無い。やがてあきらめたのかがっくりと肩を落とした。
 そこに追い討ちを掛けるように、明るい言葉が投げられる。
「香奈ちゃん、残念」
「唯、知ってたなら、先に言ってよ」
「だって、香奈ちゃんがあまりにも楽しそうだったんだもん。水を差すのもどうかと思って」
 頬に手を当て、困ったように小首を傾げる唯は、いつものように天使の微笑を湛えて笑う。傍から見れば何の悪意もなさそうなのだが、その実唯が香奈で遊んでいるのは明らかで、鈴鹿は苦笑を禁じえなかった。

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