君に出会うために - 聖翔学園物語 -

君に出会うために 6 - 入学式 -

 前の方の席はほぼ埋まっており、どこに座れば良いのか迷いつつ、その最後尾からさらに数列開けた場所に座った。
「隣、いい?」
 席に座りステージをぼんやりと見つめていた鈴鹿に、少女が話しかけてきた。
クラス毎に割り当てられた席は2列だが、この学園に知り合いのいない鈴鹿の隣は空席のままで、少女はそこを指し示していた。
 髪を肩の上で短く切りそろえたショートカット。健康そうな桃色の唇と微かに上気させた頬。
 キラキラと輝く瞳が探るように見つめ、鈴鹿に対する好奇心を少しも隠そうとしてはいなかった。
 だが悪意や下心は微塵も感じなかったので、突然話しかけられたことに戸惑いはあったが、嫌な気はしなかった。
「どうぞ」
 躊躇いがちに言うと、飛び上がらんばかりの喜びを顔に浮かべて隣に座った。間にある肘掛に身体を預け、身を乗り出してきた。
「ここにいるってことは、1-Aだよね。私は藤見香奈。同じクラスなんで、よろしくね」
「あ、橘鈴鹿です。こちらこそよろしく」
 屈託のない笑顔につられ、鈴鹿も笑みを返す。
 それに気を良くし、香奈はさらに顔を近づけ、鈴鹿の瞳を覗き込んできた。
「さっき、高塚先輩と一緒にいたよね。どういう関係?彼女?!」
 勢い込んで突っ込んでくる香奈に、鈴鹿は後ずさる。
 驚きと戸惑いで言葉を発することができず、眼をパチパチと瞬いた。
「香奈ちゃん、やめなよ。怯えてるじゃない」
 香奈とは対照的に、のんびりとも言えそうなほど穏やかな声が二人の背後から聞こえてきた。
 二人の後ろに座り、ニコニコと笑顔を浮かべた少女。
 声のトーンも正反対なら、彼女を包んでいる雰囲気も、香奈とまったく異なっていた。
「鈴鹿ちゃんね。わたしは羽月唯。よろしくね」
 その微笑みは、天使をも魅了するのではないかと思えるほど極上のもの。
 彼女に見惚れない男性はいないのではないかというくらい、可愛らしい笑顔であった。
 鈴鹿の視線を受けると、困ったように首を傾げる。それにつられて、軽くウエーブのかかった髪がふんわりと揺れた。
「香奈ちゃん、好奇心旺盛すぎるから。何でも聞きたがっちゃうの。悪気はないんだけどね」
「だって、知りたいじゃない」
「さっき知り合ったばかりなのに。それ以前に、親しき仲にも礼儀あり、でしょ」
「う・・・」
 諭すように言われた香奈は、目を泳がせた。
 見た目からすれば香奈の方が強そうだが、実際の力関係は逆なのかもしれない。
「ご、ごめん」
 香奈に勢いよく頭を下げられ、鈴鹿の方が焦ってしまった。
「あ、き、気にしてないから」
 その言葉に二人はほっとした表情を浮かべ、顔を見合わせてにっこりと笑いあった。
「改めて。鈴鹿ちゃん、よろしくね」
「うん、こちらこそ。香奈ちゃんと唯ちゃんでいいのかな?」
「もちろん」
「構わないよ」
 その時、構内に放送が流れ、三人はおしゃべりを止めて耳を澄ませた。
 放送は女性の声。
 入学式を始めるので、各自席に着くように、という指示が飛び、それまでざわめいていた構内が少しずつ静かになっていった。
 香奈も大人しく座りなおしたが、横目で鈴鹿を見ると、器用に片目を瞑ってみせた。
「明日にでも、いろいろと聞かせて欲しいな」
 どうやら諦めていないらしい。明日以降の質問攻めは免れそうに無い。
 唇の端が引きつっていることに気づいてはいたが、仕方なく頷いた。

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 入学式が始まり、学園長や来賓の挨拶が続いた。
 挨拶が一通り終わると、司会者は入学式終了と告げた。

 続いて、一年生の担当教師や生徒会、クラブ活動の紹介が始まった。
 初めに生徒会長が壇上に上がり、挨拶と祝辞を述べた。
 生徒会長は永澤新一という名で、現在は二年生らしい。
 ゆったりと話す口調、低めの声が耳に心地よい。遠いので顔は見えないが、背が高いことだけはわかった。
 講堂の端にそっと目を向けると、教師が並ぶ列の後ろに、生徒らしき人物が数人並んでいるのが見えた。
 その中に見知った顔があった。従兄の零であった。
 隣に並ぶ小柄な少女の耳元に親しげに何かを囁き、相手は手で口を押さえて笑いをこらえているようだった。
 知らない人物、それも女性と仲の良さそうなその姿に、少しも妬みを感じなかったといえば嘘になる。小さい頃から兄のように慕っていた従兄だ、やはりおもしろくはない。
 楽しそうな姿を目にしていたくなくて、零の隣にいた人物に視線を移し、息をのんだ。


そこに、彼がいた。


 桜の下で出会った少年。
 手に持っているファイルをじっと眺める横顔は、あの時とは違って冷たいほどの無表情。
 けれど間違いない。
 見間違いではない。
 あの時の彼だ。


 じっと見つめていた鈴鹿の視線に気づき、彼が目を上げた。
 瞬間、二人の視線が絡まる。
 彼は目を微かに細め、唇の端に微笑が浮かんだ。
 鈴鹿の胸が一度大きく弾んだ。


 だがそれはほんの一瞬の出来事。
 鈴鹿が我に返ったときには、彼は先ほどと同じ体制で、手元のファイルを見つめていた。

(あれ?)
 パチパチと瞬きする。
(今のは・・・夢?幻?)
 もしかしたら今のは、自分の願望が見せた幻かもしれない。
 そう思うと、なぜか心が萎れ、俯いていた。
 自分は何を期待していたのだろう?
どうしてそんなものを見たのかわからず、自分が情けなく感じた。


「・・・高塚零」
 不意に会長の声が聞きなれた従兄の名を呼び、顔を上げた。
 見ると、名を呼ばれた零は一歩前に出て一礼し、他の全員が拍手している。
 なにが起こったのだろうと思いつつも、鈴鹿も無意識のうちに力なく拍手をしていた。
「会計、都築諒」
 そう告げられると、彼もまた一歩前に進み、無表情のまま一礼した。
 会計、という言葉を理解するまでに少しだけ時間を要した。
 どうやら、生徒会メンバーの紹介が行われていたらしい。
 零がそのメンバーだったことに驚いたが、それ以上に彼の名前を知ることができたことが嬉しかった。
(都築諒。都築先輩・・・)
 その名を胸に刻み込み、そっと目を閉じた。

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