君に出会うために - 聖翔学園物語 -

君に出会うために 2 - 面影探しに -

 翌日、鈴鹿は桜舞い散る校庭にいた。
 入学式まではまだ少し時間があるため、以前伯父から話を聞いていた場所に向かったのだ。
 人で溢れかえった教室校舎棟を抜けると、喧騒よりも静寂が勝ってきた。
 鈴鹿は頬を緩ませつつ、この先にあるものに想いを馳せていると、伯父の言葉がよみがえってきた。


「あそこで、お前の両親が会ってたらしいんだよ」
 何を思い出していたのか、くつくつと笑いながら語る姿が印象的だった。
 鈴鹿が首をかしげると、いつも頭をポンポンとたたいてくれる。
 視線を彼に向けると、少しさびしそうな、それでいて優しい瞳が彼女を包んでくれた。
「覚えてないかもしれないけれど、でも忘れるなよ。二人とも、お前をとても愛してくれていたんだから」
 頷きはするものの、どう対応していいのかわからない、というのが本音だった。


 鈴鹿が5歳の時に、両親は事故で亡くなったらしい。らしい、というのは、鈴鹿にはその記憶がないからだ。
 夕闇の山道を車で走行中に、ハンドル操作を誤って崖から転落したそうだ。
 その車の後部座席には、鈴鹿もいた。
 運転席と助手席にいた両親は即死、だが崖から転落する際に車外に放り出され、奇蹟的に鈴鹿だけが助かった。
 それも、ほぼ無傷で。
 しかし、それと引き換えとするかのように、それまでの彼女の記憶はすべて消えてしまった。
 医者はショックによる一時的な記憶障害だろうといったが、それから10年以上たった今も、5歳以前の記憶は戻っていない。
 面影すら思い出せないことはもどかしく、かわいそうに、つらかったね、という言葉をかけられても、覚えていないことに対しては辛いとも悲しいとも思えず、両親の死を悼めない自分にも嫌気がさしたりもした。
 だが、この伯父だけはそんなことは一言も云わず、淡々と両親の話だけを聞かせてくれていた。
 その話から、鈴鹿は両親の輪郭を、おぼろげながら作ることができた。もっとも、伯父というフィルターが掛かっているため、どの程度正しいかはわからないのだが。


 図書館がある特別棟を抜け、さらに奥へと進む。建物の切れ目から脇道にそれると、一気に視界が広がった。
 そこにあったのは、たった一本。枝ぶりも見事な満開の桜の木だった。


 目の前に広がる光景を、鈴鹿は息をのんだ。
 雲ひとつない、綺麗に晴れ渡った空に映える、一本の桜の木。うすい桃色の花をその全身にまとい、鈴鹿を歓迎するかのように両手を広げている。
 一歩、二歩と近づき、その幹にそっと触れた。
 両手を広げてもその半周にも満たない太さ。一体、いつからここに佇んでいるのだろう。
 その向こうは崖となり、鈴鹿が住んでいる街を一望できる展望台になっている。
申し訳程度の策はあるものの、それは景観には何ら影響を与えるものではなかった。
 鈴鹿は木の傍らに立ち、その木と共に街を見下ろしていた。心地よい風が薄茶色の髪をそっとなで、その気持ちよさに目を細めた。


「悪いんだけど、もうちょっと左に寄ってくれないかな」


 風に乗って届いた声に、ビクリと肩を震わせて首を右に回した。困ったような声は、今木の方から聞こえなかったか?
(まさか、木がしゃべったんじゃないよね?)
 そう思いつつも、一歩だけ左に、木から離れるように身体をずらす。
 「もう一歩左」
 さらに声がかかり、その声に言われるがまま、もう一歩木から離れた。
 瞬間、黒い塊が落ち、その衝撃で起こった風がふわりと鈴鹿の髪を揺らした。
 何が起こったか理解できず、微動だにできない少女のすぐ隣で、落ちてきた塊は、「にゃー」と鳴いた。
 塊はゆっくりと立ち上がり、男性の姿となったのだが、鈴鹿にはまだ事態が把握できていない。
 彼は猫を腕に抱いていたのだが、それがちょうど鈴鹿の目の高さと同じだったため、まだこの事態を理解しきれていない鈴鹿の頭は、猫がしゃべったのかなぁ、などと考えていた。
「驚かせて悪い。こいつが」
 だが、まったく動く気配のない鈴鹿に、彼は眉間にしわを寄せた。
「・・・聞いてる?」
 その声で、ようやく我に返り、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 これは木の声でも猫の声でもなくて、人の声。それが制服を来ているということは、彼もここの生徒なのだろう。
 視線を上げると、不審なものを見るかのように自分を見下ろす目が合った。
 すっと鼻筋が通った、端正な顔立ち。わずかに茶色がかった瞳に、すうっと引きこまれるような感覚に戸惑いつつ、コクコクと頷いた。
 自分を見つめる目がなくなったと気づいたか、腕に抱かれていた猫が身じろぎする。
 鈴鹿がそちらに視線を移動させると同時に、猫は自分を抱く腕を抜けだし、トンと地面に飛び降りた。
 そのまま何事もなかったかのように歩き始めたが、何かを思い出したように立ち止って振り返り、礼のつもりか一声鳴くと、また優雅な足取りで歩き始めた。
 その後ろ姿を見つめていた鈴鹿の頬に、何かが当たった。
 驚いてそちらを見ると、ペットボトルが目の前にぶら下げられていた。
「驚かせたお詫び。あげるよ」
 その人物はそれを手渡すと、桜の木を見上げた。
「上から猫の鳴き声がして見上げたら、あいつがいて。どうやら降りれなくなってたみたいでね。助けにいってたんだ」
 つられて鈴鹿も木を見上げる。彼を支えたはずの枝は桜の花に隠れ、鈴鹿には見つけることができなかった。
「新入生?」
 すっと心に染みる低い声に、心臓がドクンと脈を打つ。
「そろそろ行ったほうがいい。入学式が始まる」
 そんな鈴鹿の心を知ってか知らずか、彼は顎で行くように促した。
 鈴鹿はぎこちなく頷き、身をひるがえすと駆け足でその場を離れて行った。
 その後ろ姿を見つめる彼の瞳がさみしげにゆれたことを、彼女は知らない。

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