君に出会うために - 聖翔学園物語 -

君に出会うために 11

 その日の放課後、鈴鹿は構内をひとり歩いていた。
 晴れ渡った綺麗な青空に浮かぶ雲はゆっくりと流れ、程よく暖かい風が気まぐれに鈴鹿の頬を撫でていく。その心地よさに笑みを浮かべながら、再びあの場所へと向かっていた。
 午後の授業は始まっているのだろう。遠く離れたグラウンドで飛び交う声がわずかに聞こえるだけで、授業を行う教室も無いこの周囲は、人気も無く静かなものだ。
 ひとつ脇道にそれ、細い道を通り抜けると足を止めた。
 目の前には昨日と同じく、見事に枝を広げる大きな桜の木があった。
 何度見ても飽きることは無いその美しさを、少しの間うっとりと見惚れていた。
 強めの風が吹くたびに大きく枝を揺らし、葉が擦れる音が聞こえる。
 目を閉じ、その音を感じていると、今度は風が甘えるように身体に巻きついてくる。それを愛しく感じながら、思い切り空気を吸い込んで深呼吸をする。そうすると、風が力を分けてくれるように感じるからだ。小さい頃からの習慣だ。
 ゆっくりと目を開くと、再び歩み始めた。
 桜の木が近づくにつれ、心臓の音が少しずつ早くなっていく気がした。
 その理由はわかっている。心のどこかで、昨日のあの人に会えないだろうかと期待しているからだ。
 そんなこと、あるはずがない、昨日の今日でいるはずがない、と自分に言い聞かせていた。そうしないと、期待が外れたときの落ち込みが激しいだろうから。
 だがふと、その根元に人影があることに気づき、鈴鹿は足を止めた。
 目を眇めて観察すると、それは男性のようだった。
 背を幹に預け、木の根元に座り込んでいるようだ。制服に身を包んだ身体はまったく動かない。どうやら眠っているらしいと結論付けると、息を潜め、足音を立てないようにそっと近づいていった。
 彼の背後、木の幹の裏に隠れ、そこから警戒しつつそっと覗き込んでみる。けれど、全く起きる気配が無い。ほっとしつつも、心の底では、自分に気づいて欲しいと、矛盾する思いを感じていた。
 彼は全く動かない。どうやら目覚めそうになさそうだ。
 鈴鹿はそうっと彼の傍らにしゃがみこんだ。そこからじっと見つめるが、やはり彼は目覚める様子は無い。
 俯く彼の顔は見えず、昨日の彼かどうか、それだけは確かめたくて、俯いたままの顔をそうっと覗き込んだ。
 その時だった。彼はパチリと瞼を開き、顔を上げたのだ。
 何の前触れも無く、一瞬の内に吐息がかかるほどの近くに顔が迫り、バチリと目が合う。
 驚きのあまり思考が停止する。何が起こったのか、理解できなかった。
 硬直したままの鈴鹿とは対照的に、彼は落ち着いた声で言った。
「こんにちは」
「コ、コンニチハ・・・」
 つられて返すと、相手は嬉しそうに目を細めた。
 そこでようやく我に返り、慌てて顔を背けようとする。が、上半身だけを仰け反らせたためにバランスを崩し、後ろに倒れこむ。
「きゃぁ」
 倒れる、と思った瞬間、腕に熱いものが巻きつき、強い力で引き寄せられる。
 その力に抗えず、今度は前のめりに倒れこみ、何かに頭をぶつけた。
(いた・・・くない)
 地面のようには冷たくなく、木の幹ほどには固くない。
 心地よい温もりが伝わり、その正体が何かわからずに鈴鹿は戸惑った。
「大丈夫?」
 頭の上から声が聞こえ、おそるおそる目を開ける。そうしてようやく自分がどこにいるのかに気づき、悲鳴をあげそうになった。
 心地よいと感じた温かいそれは男性の身体で、鈴鹿はその膝の上に乗り、胸に顔をうずめた格好になっていたのだ。
 半ばパニックに陥りながら両手で彼を押しのけ、離れようとするが、背中に回された手がそれを阻む。
 なんで、と、顔を上げると、楽しそうに笑う顔があった。
 やはり昨日の彼だ。その彼が、自分の顔を覗き込んで来たので焦る。
「大丈夫?どこも打ってない?」
「だ、大丈夫ですから・・離してください」
 消えてしまいそうなほど細い声で願う。
 その腕から逃れようと懸命に腕に力をこめ、手足をバタバタと動かすが、彼の腕はびくともしない。
「そんなに暴れたら危ないから」
 苦い笑いを含んだ声が落ちてくる。
 それでも暴れ続けるから、彼は鈴鹿に顔を近づけ、耳元で小さく囁いた。
「話をしたいだけ。だから落ち着いて。逃げないで」
 その声に潜む切ない響きに、鈴鹿の胸が大きく跳ねる。
 鈴鹿が暴れるのを止め、大人しく腕の中に納まると、彼は鈴鹿の様子を確かめながら、少しずつ慎重に力を緩めていった。
 すっかり腕の力を抜いても鈴鹿が逃げないことを確かめると、彼女の身体を自分から離し、自分の隣に座らせた。

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