時の扉 闇の扉

時の扉 闇の扉 6

ポチャン。
水が滴る音が聞こえる。冷たい風が美緒の頬に触れる。小さく話す声が、美緒の耳に触れた。青年と少女の声。二人とも感じのいい、よく通る声である。
「・・・大丈夫だったのか?」
「ええ、獣魔くらいどうってことないわ。それよりも、あの子を助けてくれたのね」
「君の頼みなら断れないよ、ファール」
「意地悪。ラーヴィスもその名を出したわ。だから、わたしは」
「ファール、だろ?」
小さく溜め息をつく。そのままファールと呼ばれた少女は立ち上がった。
「どこへいくんだ?」
「ラーヴィスを探すわ。あの子に渡した原本をどこから持って来たのか、ぜひ聞かせてもらいたいもの」
少女は冷たい声を発している。怒りの炎がわずかに燃えていることを伺わせた。青年もそれを感じ取ったか、それ以上何も聞かない。
「あの子は?ほおっておくのか?」
「セリアがいるわ」
 短い言葉ではあったが、この二人はそれだけで互いの意志の疎通ははかれたようだ。
(だれだろう・・・)
 美緒はぼんやりと思った。
(わたし、生きてるの?)
静かに目を開ける。薄暗いそこは、洞窟のようだ。
「おや、目を覚ましたようだな」
それは男の声であった。焦点を合わせて、それをじっと見つめる。紫紺の瞳が、美緒をじっと見つめていた。
「まったく、無茶をする。あの高さから落ちて、よく命が助かったな」
「あの、あなたが助けてくださったんですか?」
ああ、と青年は頷く。黒髪の青年である。
「動けるんなら、送って行こう。村まで行きたいんだろ」
青年は立ち上がる。美緒は上半身を起こし、あっと小さなつぶやきをこぼす。
「わたし、どのくらい気を失っていたんですか?」
「そうだなあ、ほんの数分ってとこか。それが?」
「お願いします、わたしの友達を助けてください?」
「友達・・・?」
「はい。聖獣の森で、獣魔に襲われて。わたしを逃がしたまま、セリアは・・・」
涙があふれた。セリアはもしかしたら、今も、こうしている間も戦っているかもしれない。もしくは・・・。
「大丈夫だろう」
 青年は美緒の側に屈み込む。慰めるように頭をポンとたたく。
「ファールが先程まで聖獣の森に入っていたんだ。獣魔に襲われていた者がいたら、彼女は助ける。彼女の実力は、折り紙付きだ」
「じゃあ、セリアは」
「おそらく、無事だろう。だから、心配しなくていい。そういえば、君の名前を聞いてなかったな」
「わたしは、美緒といいます」
「ミオ、ね」
青年は、小さく微笑する。だが青年は自分の名を告げないまま立ち上がり、そうっと美緒を抱き起こした。
「あ・・・の」
「ん?」
青年は優しい笑みを見せた。それはとても魅力的な笑み。思わず美緒は見とれる。
「ミオ?」
訝しげに見る青年に気づいたか、慌てて
「あ、ファールって誰なんですか」
聞いた方は本当に真剣だったが、聞かれた方は呆れたように美緒を見やり、次いで苦笑した。
「ファールを知らないものがいるとはね」
それほど知名度が低いかなあ、と自問する。
「ファールは、紫の魔道士だ。こう言えば、解るかな」
「紫の、魔道士・・・」
セリアに聞いた言葉がよみがえる。魔道士の、最高位である紫。その魔道士が、彼の知り合いなのか。一体、この人は何者なんだ。敵?もしくは・・・
「あなたは、何者なんですか」
声が硬くなる。美緒の警戒心に気づいたか、青年は苦笑する。
「ファールの名は出さない方がよかったかな。まあいい。別に、怪しいものじゃない」
「怪しい人が、自分で怪しいって言いますか?」
「確かにな」
さらに苦笑が深くなる。なかなか、頭が良い人物だ、と青年はつぶやいていた。
「信用できないならいいさ。この洞窟を出て、君の背の高さの、そうだなあ、五倍の高さの絶壁を越えれば、すぐに村が見える」
青年は事もなげにいうが、美緒にとってそれはかなり高い高さだ。
「そ、そんなにあるんですか」
「たいしたことはないよ。さて、どうするかい」
にやにやと人の悪い笑みを見せる。美緒が一人ではとてもここから帰れないことを知っている。
美緒はじっと青年の瞳を見つめた。彼の目に、曇りはない。信用しても、良いのだろうか。
「君のことは、ファールから頼まれているんだ。悪いようにはしないよ」
美緒の心を読んだかのように、いう。
「わたしは、ファールという人を知りません。そんな人が、なぜわたしを?」
「君は知らなくても、彼女は君を知っているんだ。そうだな、じゃあ、ラーヴィスは知っているか?」
驚愕に目を見張る美緒。この世界に来て、驚くことばかりだ。何故、この人はこうも事情に詳しいのだろうか。自分を取り囲むように、輪ができているのか。そしてそれは、彼女の知らない所で、彼女をじわりと追い詰めているような気さえする。
「そこまで驚かなくてもいい。オレが二人と旧知だから、事情を詳しく知っているんだけだ。君が、宝玉を探していることもね」
「あなたは、誰なんですか」
再度聞く。答えてくれるかどうかは、解らない。
「簡単に言えば、オレは剣士、騎士だ。ファールが魔道を行使するように、オレは剣を使う。世界でも屈指の剣士だと、自分では自負しているよ」
そういって、さて、と美緒を促す。
「長話になってしまったな。君を早く帰さないと、ファールにしかられる。君が信じようと信じまいと勝手だが、村の近くまでは送らせてもらうよ」
自分だけさっさと洞窟から出る。美緒も慌ててついて行く。正直言って、彼を信じることはできそうもないが、とりあえず帰りたい。セリアが心配しているだろう。
そこから出て見ると、川原であった。小石が敷き詰められ、細い川が横たわっている。それを渡るのは、苦労しそうもない。
「出て来たか」
すぐ横で声がし、驚く。いつの間にか、彼女のすぐ横に青年がいる。青年は抗う美緒をそっと横抱きにする。
「ちょ、ちょっ」
「あばれるなって」
暴れるなというほうが無理である。手足をバタバタさせている美緒にはお構いなく、青年は軽く跳ぶ。それは本当に、何の力も入っていない動作であった。だが、美緒には激しい衝撃が襲う。
「っ!!」
思わず目をつぶる。やがて、ふわりと浮遊感が身体を支配する。
同時に、美緒の身体が青年から解放された。だが、体に力が入らずに、そのまま地面に座り込む。そこで目を開けて、絶句する。いきなり前方の風景が変わっていた。それは確かに、見たことのある場所。
「え・・・」
振り返り、青年を見ようとした。が、それは果たせなかった。彼は既に、どこかへと消えていた。

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