時の扉 闇の扉

時の扉 闇の扉 3

「ふ~ん、じゃあ、セリアは魔道士見習いなんだ」
「うん。もっともっと勉強しないとね」
そういって、ぺろっと舌を出す。いたずらっこのようなその表情に、共感を覚える。
 魔道士かぁ、と、美緒は天井を見上げた。
「わたしたちの世界ではね、魔法ってものがないの。ずっと昔の話だけど、魔法が使えるってうわさだけでも処刑されていたんだよ」
「へー。恐い世界だね。でも、同じようなもんかな。ここでもね、魔道士はあんまり優遇されてないよ。むしろ、異端にされてるなあ。伝説になるくらいの強い魔道士なら別だけどね」
「セリアは?それでも、魔道士になりたいの?」
「うん、まあね」
どこか誇らしげにそう答えた。
「あとね、竜族って、なに?」
「竜族?」
 訝るセリアに、先だって女将から聞いた話をする。
「人を襲って食べちゃうって・・・。私も竜族に襲われたんじゃないかって」
「なるほどねぇ」
 困ったように嘆息する。
「そうやって間違った情報ばかり広まってるんだ。ま、仕方ないけどね」
「違うの?」
「違うわ。襲ったり食べたりって、どんな化け物よ、それ。竜の姿をしているとか、変身できるとかそんなんじゃないからね」
 美緒の表情からして、そう思ってそうだから、と付け加えるセリアの顔は苦笑していた。
「竜族って、人族と同じよ。ちょっと寿命が長いだけで、それ以外は中も外も同じ。違うとこって言えば、そうねえ、竜族の、特に王族は魔道士のような力をもっているって聞いたことがある。あと、たまに竜と話のできる人物が生まれるって。その人たちを、竜騎士って呼ぶんだけどね。竜族の王国は、ファイレム王国っていうんだけど、このサーリム王国の北にあるわ。」
「竜、ねえ。わたしの世界では、竜は空想上の動物だけど」
「そうなの?でも、実在するよ。といっても、ファイレム王国にいかなきゃ無理だろうけど」
「ファイレム王国には竜がいるの?」
「うん。竜がいて、竜と共存しているから、竜族って呼ばれてるの」
「寿命が長いって、どのくらい?」
「千年以上。人族の約十倍かな」
 頭がグラッとした。約、十、倍。千年も生きる。
 でも、地球世界とは時間が違うこともあり得る。人族が極端に寿命が短いのかもしれない。だったら目の前の少女も?
「ちなみに、セリアはいくつ?」
「わたし?わたしは、十六歳」
「そっか。わたしもそうよ。じゃあ、時間の流れはおんなじなのね」
 それを聞いてほっとした。浦島太郎なんてとんでもない。まだまだおばあさんになるには早すぎる。
 そしてもうひとつ。一番気になっていること。
「聞いていい?」
「なあに?」
「わたし、元の世界に帰れると思う?」
不安げに尋ねる美緒に、セリアは首を傾げ、そっと目を閉じる。何かを思い出そうとしているのか、腕を組んで考え込む。
美緒はじっとセリアの言葉を待った。
やがてセリアは目を開く。にっこりと笑って答えた。
「もちろんあるわ。きっとわたしが帰してみせるわ」
セリアはそう言って、片目をつぶってみせた。

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セリアは「元の世界に帰る方法を見つけるから」と言うので、美緒を先に一人で階下に降りる。彼女がいると、気が散って集中できないらしく、追い出されたと言った方が早いかもしれない。
降りて来た美緒の姿をちらと見て、食堂の後片付けをしていた女将はおや、と声をかけてきた。
「もう降りてこれたんだね。まっておいで。今何か作ってあげるから」
女将はうれしそうにそう言う。
 広い店内には四人掛けのテーブルが十数個並べてある。その中の一つに美緒は座った。昼時の混雑が一段落したようで、女将も一息ついていたようだった。
「すいません」
「いいんだよ。いつものことだから。セリアなんか、うるさい中で食べるのは嫌だって言って、いっつもこの時間に来るんだよ」
そういって、厨房の中に入って行った。
 一人残された美緒は、ほうっと息をついた。目覚めてから、はじめて一人になったような気がする。
辺りには人の姿はなく、静まり返っている。店の外はどうやらこの村の通りになっているようで、人の話し声が聞こえてくる。なかなかにぎやかな村らしい。
美緒はぼうっと考えていた。
セリアは帰る方法はあると言っていた。ならばそのことを心配する必要はとりあえずなくなった。
 だったら、この世界を見て見たい。
「異世界かあ。そういえば、こんな話が好きだったな」
思い浮かべたのは、向こうの世界の親友の顔。あの事故のとき、自分がかばった少女だ。彼女を突き飛ばした後、自分はこちらの世界に飛ばされた。彼女が無事かどうかは、解らない。それだけが気掛かりだった。
「だいじょうぶかなあ・・・」
「大丈夫なんじゃないか?」
「うん、そうだよね・・・」
答えて、はじめて気が付く。今誰と話した・・・?
声のした方を見ると、一人の青年がいつの間にか座っている。テーブルに肘をつき、にこにこと美緒を見ている。美緒はと言えば、驚きのあまり声もない。
「起き上がれるようになったんだな。よかったよかった」
「あの・・・あなたは?」
「ああ、言ってなかったっけ?」
言ってないも何も、初対面だ。美緒は訝しげにその青年を見る。
 黒い髪に黒い瞳。それだけを見れば、自分と同じ人種である。
青年には、人を魅了する不思議な力があるようだ。それなりに整った顔立ちであるが、それを差し引いても、人懐っこいその笑みは見る者に好印象を与える。彼を嫌う者はいないであろう。
「オレの事なんかどうでもいいさ。でもまあ、便宜上に教えとくよ。オレの名はラーヴィス。何か困ったことがあったら、この名を出せばいい。結構使えるから」
「それで、何か御用ですか」
声が堅くなっているのは自分でも分かる。警戒するなというほうが無理なのだ。
 初めての土地で、このように声をかけてくる輩を信じてはいけない。そう自分に言い聞かせていた。
 セリアを信じておいて、このように考えるのは矛盾以外の何物でもないが、本人はそのことに気づいていない。
どうやら、そのことは目の前の人物にも伝わったらしい。青年は端正な顔を再び苦笑させる。
「まあ、確かに怪しすぎるな」
苦笑する本人も、そのことを自覚しているようである。立ち上がりながら、懐に手を入れる。そこから、一冊の本と指輪を取り出した。
それらを無造作に美緒に渡す。本は年代物で、表紙の部分が腐食している。指輪は銀色の台座に大きな楕円形の水晶がはめられており、その周りの飾りは竜を象っている。その水晶は、不思議なことに七色の光をはなっている。美緒の目にも、その指輪は高価な物に見えた。
「これを?」
「その本は、君の友人の魔道士にあげてくれ。おそらく、それを探しているだろうからな。その指輪は、君にあげる。なかなかの値打ちものだから、金に困ったら売ればいい」
「で、でも、これって・・・」
美緒は困惑してその指輪をみる。自分には、こんな物をもらう理由がない。高価な物だそうだから、もらうわけにはいかない。
指輪をもつ手を、青年に押し付ける。
「これは、いりません。わたしにはもらう理由がありません」
「知らない人からは物はもらえない、か」
ふっと微笑する。少女のとった行動が、好ましく思えたようだ。隣の椅子にかけていた外套を取り、それを羽織る。もう一度懐に手を入れ、美緒の手の上にもう一つ指輪を乗せた。美緒は目を丸くして、青年を見る。
「それはおまけだ。焼くなり煮るなり、好きなようにしてくれ」
「だから!わたしはこれをいらないっていってるの!人の話を聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。だから、それは君にやるよ」
「聞いてないじゃない!」
一人憤慨する少女に背を向け、肩越しに手を振る。青年は軽やかな足取りで宿を後にする。
「どうしろというのよ、これ・・・」
彼の後を追い、異郷の里をさまよい歩くことを是としない少女は、ただ呆然と掌の上の指輪を眺めていた。後からもらった指輪は、先ほどと同様に竜の飾り彫りであったが、水晶は小さめのものが二こ、そして紫色の小さな水晶が一つ埋め込まれていた。こちらも、銀である。それらはなぜか、美緒の指の太さにぴったり合うように思われた。

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