時の扉 闇の扉

時の扉 闇の扉 2

 美緒が眼を覚ましたとき、そこが先程までいた場所でないことはすぐにわかった。何の飾りけもない木製のベッドの上に、美緒の身体は横たえられていた。
 その部屋を見渡す。部屋の中央には、アンティーク調のテーブルとイス。ベッドと反対側の壁には、引き出しのついた簡易家具が置いてある。だが、素人目にもそれらには価値があるようには見えない。この部屋は、実用重視で使われていることは確実であった。
 美緒の足元には人一人が楽に通れる大きさの扉があり、その反対側の壁には大きな窓がある。その窓は厚いカーテンによって閉ざされていた。おそらく、美緒を起こさないようにしてくれたのだろう。それを通り越し入ってくるわずかな光から、今が夜ではないことがかろうじてわかる。
 美緒が身体を起こそうとする。わずかに身じろぎした途端、身体が悲鳴を上げた。
「っっ!!」
 その痛みが、意識をはっきりさせた。
 ここはどこ、日本じゃない。なぜかぼんやりとそう思った。直感、みたいなものがそう語る。そのことを告げる声がする。ここはどこ、わたしは・・・どこにいるの?
 突然扉が開いた。小さいものであったが、予期せぬその音に思わず身体をふるわせ、弾かれたようにそこへ眼を走らせる。人影を認め、さらに身体を強張らせた。
 そこからは一人の女性が入って来た。少し小太りの、人の好い顔をした女性。その女性は、美緒をみて笑みをこぼした。
「ああ、よかった。気づいたんだね。丸三日も意識がなかったんだよ」
 その女性は美緒のもとではなく、窓の方へ歩んだ。窓のカーテンをシャッと開ける。まぶしいばかりに神々しい光が差し込んだ。この明るさからすると昼?それよりも、
「三日・・・」
 美緒は口の中でつぶやいていた。そんなに眠っているなんて。どういうことだろう。何があったんだろう。ここはどこだろう。わからないことだらけだ。
「あまり立ち入った事は聞かないよ。でも、もしかして、竜族に襲われたのかい?」
「え・・・?」
 何のことか分からず、小首をかしげる。だがそんなことには気にせず、
「怖かっただろうね。竜族は恐ろしいからねえ。若い娘を襲っては、食らってしまうと言うからね。でも、ここまで来ればもう安心だよ」
 そっと美緒の頭をなでる。自分の娘を優しく諭しているような、そんな言葉を向ける。口を挟む間もなかった。呆気にとられたまま見つめていると、大きく一つため息をつき、その表情をわずかばかり曇らせた。
「この国の王様も、竜王の刺客に暗殺されてしまったんだ。でも、宰相様がもうすぐ竜族に対抗するために兵を挙げてくださる。だから、もう少しの辛抱だよ」
 にっこり笑って同意を求められた。竜族やら宰相やら、わけのわからない単語が羅列していたけれど、とりあえずあいまいな返事を返した。聞きたいことは山ほどあるけれど、この人が答えてくれるとは思えないと、冷静な部分が答える。
 その時再び扉が開いた。同時に、一人の少女が姿を現す。十五・六歳くらいだろうか。おそらく美緒と同じくらいだろう。
「女将さん、あの子、目が覚めた?」
「おや、ちょうどいい。この子を頼むよ。わたしは何か温かいものを持って来ようね」
 美緒には一切話す機会を与えないまま女将はその部屋を出た。
 入れ代わりに入って来た少女は、寝台の横にイスを引きずって来てチョコンと座った。
「わたしはセリア。あなたは?」
「あ・・わたしは、美緒っていいます」
「美緒、ね」
 セリアは屈託なく笑う。
 濃い瑠璃色の瞳がくるくると動く。輝く淡い茶色の髪が背中で揺れている。美少女、という言葉がよく似合う女の子だなというのが第一印象。頭の良さそうな顔立ちをしている。何より、先ほどの女将のような言葉の洪水はなかった。じっと美緒を見て、美緒の言葉を待っている。そんな気がした。
 彼女なら・・そう思って聞いてみる。
「ここは、どこなの?」
 セリアはふと、困ったように首を傾げた。
「どこ、といわれても。サーリム国のシーリアって村よ。あなたはこの村の南に広がる大きな森で倒れてたの。それをわたしの知り合いっていうか、そんな人が見つけて、ここに連れて来たの」
 サーリム国のシーリア?聞いたこともない地名。そしてやはり日本ではないという事実に、少女は激しい動揺を受ける。
「サーリム?シーリア?ここはいったいどこなの?わたしのいた街はどうしたのよ!日本じゃないの?!」
 頭の中は錯乱していた。セリアに、今の言葉は嘘だといってほしかった。
 だがそのセリアは、う~んと首をもたげていた。しばらく考え込んで、
「ニホンとかいう国はないわ。少なくとも、わたしの知る限り」
「じゃあ、ここは地球じゃないの?」
「チキュウという国もないわ。わたしたちはこの世界を、アストリアと呼んでいるの」
 どこかでやっぱりという声がする。何故か美緒は知っていた。なぜときかれると答えることはできないが、この世界は知っているような気がした。わたしはここに来たことがある・・・。
 だから大丈夫。きっと帰ることができる。
 何も確証はないけど、そう思うことにした。そのほうが気が楽だ。
 半狂乱になって何もしないより、自分から動いて帰る方法を見つけだせばいい。
 美緒は心を好奇心で武装し、悲観的な考えを受け付けないことにした。それが正解のように思えた。
 黙り込んでしまった美緒に、ねえ、と興味深げな視線を送る。
「あなたの話を聞いてると、あなたはまるで別世界から来たみたいね」
 人懐っこい笑みをこぼす。眼を輝かせている。なぜか悪い気はしない。この少女が他人には思えなかった。だれかに似てる、と。そして気づく。友人とも思える彼女がいるからこそ、自分はそれほど孤独を感じないのだということを。
「ええそうよ。別の世界から来たの」
「じゃあ、やっぱり時空の扉を開く方法がある、か」
 セリアはそっと親指を唇に押し付けた。そうつぶやいたときのセリアの表情は、それまでのものとは全く違っていた。背筋がぞっとした。獲物を見つけた猛獣のような、不敵な笑いを浮かべていた。とても年相応には見えない表情。
 ふと、美緒の視線に気づいたかのように眼を上げて、セリアは苦笑した。
「あ、ゴメンなさい。ちょっとうれしかったもんだから」
 そう言って、またその表情を変える。それはまだ幼さの残る少女のもの。美緒はなぜかほっとして、セリアの言葉を待つ。
「ねえ、美緒の世界の話をして」
「うん、いいけど・・」
 目を閉じて、思い出す。記憶を探ると、ひとつの風景が浮かんだ。
 そうだ、あの事故で自分は・・・。
 死の恐怖を感じたあの瞬間。そのときのことを思い出し、体がビクリと強張る。
 震え始める身体をぎゅっと抱きしめ、大丈夫だ、と、必死に自分に言い聞かせる。
 震える瞼を開けると、セリアの顔が間近にあった。端正な眉を寄せ、心配そうに自分をみつめていた。
 美緒は一度大きく深呼吸し、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「・・・わたしが学校ってとこに行く途中、事故にあったの。トラックっていう大きな車がガソリンスタンド・・・って知らないか。そういう場所に突っ込んだの。そして、大爆発。ガソリン、油みたいなものって言えばわかるかな、それが爆発しちゃったのね。その爆風をまともに受けて、ここに飛ばされたの」
「・・・よくわかんないけど、その事故で膨大なエネルギーができて、それが行き場を失って、時空に穴を開けちゃったのか。そのせいだろうな。・・・森にね、大きな穴があいてるよ。そこに美緒は倒れてた」
 そういって、セリアはそっと人差し指を形のよい唇にあてる。
「これは内緒ね。あんなに森の奥深くには人がいかないから、だあれも気づいてないの。でもそういううわさはたてないほうがいいから、ね」
 それは美緒にもよくわかったので頷く。ここでは異邦人である彼女は、迫害にあう可能性が高い。それはセリアを、親切にしてくれる彼女をも巻き込んでしまう。
「わたしなんかをかばって、セリアの立場、大丈夫なの?」
 セリアは笑いながらひらひらと手を振る。
「大丈夫。わたしはここの村の生まれじゃないんだから。わたしも旅をしてるの」
「え、じゃあ、あの女将さんの娘じゃないの?あんなに親しそうに呼ばれて・・」
 そう言ったとき、はっと気づいた。そういえば、セリアは『女将さん』といっていた。実の娘であれば、そんな言い方はしない。
 セリアは苦笑する。
「あの女将さん、誰に対してもああやって話すの。だからつい、居心地よくってね。予定ではもう次に行ってるはずなのに。でも、だから美緒にあえたんだけどね」
 その話が一段落すると、女将がスープをもってきてくれた。どうやら、二人の話が終わるのを待っていたらしい。そのスープをみた途端、お腹から大きな音が聞こえた。赤くなってうつむいていると、頭上から大笑いする声が聞こえた。
「お腹がすいていたのね。もっと早く持ってきてあげればよかったねえ」
 と、さもおかしそうに、うれしそうに言った。
「ここは一階は食堂、二階はこの部屋みたいな宿になっているんだよ。お腹がすいたら、下へおりていらっしゃい。何かつくってあげる。--ああ、そうそう、お代は要らないからね。治るまで、いくらでもいてちょうだい。遠慮なんて必要ないよ」
 そういってスープを置くと、再び下に降りていった。

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