時の扉 闇の扉

時の扉 闇の扉 1

いつもと同じ朝。
いつもと同じ時。
いつもと同じように家を出て。
いつもと同じように登校する。
いつもと同じ一日が始まろうとしていた。そうなるはずであった。
だがその日は違った。

その日、いつもと違う日。
少女は友人と共にいつものように登校していた。
 だがその日、少女の中には、言い知れぬ不安が漂っていた。それを口にしようかどうか、迷っていたのだが。
一瞬、背後でクラクションが激しく鳴り響く。
 振り向くとそこには目前まで迫ったトラックの姿が。
 その先には、ガソリンスタンドが口を開けて待っている。
少女は友人を突き飛ばした。
 直感的にそうしていた。
 彼女を巻き込まないように。
 これから起こる不思議な出来事に、彼女を巻き込まないように。
そして視界は暗転した。


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それは静かな夜の出来事であった。
 月の光だけが唯一の光源である深い深い森の中。こぼれ落ちてくる銀色の粉を受け、葉はその影を地に落とす。湿った草がさらにそれを受け、その重さに耐え兼ねたように頭をもたげている。
むせ返るような緑の香りも、その夜はほとんど感じられなかった。森自体がまるで死んでいるかのように。生き物すべてが声を潜め、これから起こるべき出来事を待っているかのように。
その森は、虚無の森と呼ばれていた。
 虚無、即ち、何もない森。動物の住まない森。下級の妖魔である獣魔が徘徊する森。
 獣魔とは、その狂暴さゆえにすべてのものに恐れられている魔族の一種。
 だがその名は真実を表しているわけではなかった。そこには動物が住んでいたのだから。彼らは獣魔に食料とされてはいるが、うまく立ち回り、それらから逃れているものも多くいた。
その日、森の中でも五本の指に入る大きな木の中腹、その太い枝の上に、人影が在った。
 人間が虚無の森深くに入り込むことは滅多にないことであるが、それは確かに人影であった。幹に背を預けたまま両手を頭の後ろで組み、長い足を放り投げている。優雅に夜空を仰ぎ、瞬く星を眺めていた。やがて、その異変に気づいた。
「・・・なんだ」
体を起こすと、その反動で枝が大きく揺れる。彼はそこから振り落とされないよう、無意識のうちに器用に重心を変えていた。その視線は夜空に固定され、、目を眇めてじっと凝視している。
やがてそれは起こった。夜空の一角が真昼の太陽のように輝いたのだ。同時に、そこから一筋の光が流れ落ちる。流星にも似ている。それが少しずつ大きくなる。近づいている証拠である。
「あの光・・・こっちに向かっている」
それは全く正しかった。その流星は、虚無の森めがけ飛来していた。
 だんだんと大きくなる光球。
 号音とともにそれは視界一杯に広がり、その人物を宿す木をわずかにかすめ、森の中へと消えて行った。
同時に地響きが聞こえた。
 森の奥、それほど遠くはない。その音も、それほど大きなものではない。
その人物は好奇心に駆られ、枝から飛び降りた。
 自分の背の五倍以上高さがあることに気づいていないかのように、何のためらいもなく身体を宙に投げ出し、着地する。その動作全てが軽快である。
地につくと同時に、流れ星が落ちたであろう場所へと駆け出した。途中、それがかすめたと思われる跡に出くわすが、なぎ倒された木は、しかしどこも燃えてはいない。あの光は熱を伴ってはいなかったのだろうかと、小首を傾げた。
やがて、小さな空間に出くわした。すり鉢状に土がえぐり取られ、それを囲うかのように木々が吹き飛ばされていた。
その端に立ち、目を細めて穴の底、中心の様子を伺う。
 そこに何かを見つけたのか、軽く目を見張ると、躊躇うことなく地をけり、傾斜しているその中へと一気に飛び降りた。
 それほど大きくはない穴だから、すぐに目的地にたどり着く。
そこには、一人の少女が倒れていた。

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風が鳴った。
 それは少女の足元で渦を巻く。
 風は少女の髪をかき上げる。
 そっと目を閉じ、そんな風の感触を味わっていた。それは彼女にはとても優しいものであった。風の精霊は彼女をとても愛しているから。
少女は村の外れ、虚無の森の端にたたずんでいた。
 といっても、少女の目線の高さには何もない。少女の足元は、切り立った崖であり、そのすそを囲うように森は広がっている。
「出てらっしゃい。ラーヴィス」
何の前触れもなく少女は声を響かせる。
 透き通った声は、夜の冷たい空気に吸い込まれていく。
 それに答えるかのように、闇を切り裂いてうごめくものがある。
 それは長身の青年であった。生気に満ち、その整った顔立ちは見る者を引きつける魅力がある。
青年は少女を一人、横抱きにして連れていた。少女は意識を失っているようだ。
 少女は一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐに非難の色もあらわに、攻めるように目を細めて睨み付けた。
「・・・何をしたの」
だがラーヴィスは悪びれず言った。
「何も。虚無の森で倒れてたから、連れて来ただけだよ」
「さっきの光に関係があるの?」
「ああ。流れ星が落ちて来ただろう。どうやらそれに乗ってたらしい」
少女は首を傾げる。
「流れ星に乗っていた?それにしては・・・」
「怪我一つしてないだろ?流れ星にしては変だったな。木は倒されてはいたが、どこも燃えていなかった」
少女は記憶を探った。
 今までにそのような記録はない。一般に流れ星は高温の物体であり、それによりしばしば山火事が起こる。だから少女は、別の可能性を考えた。
「別世界から来たのかもしれない」
「別世界?どういうことだ」
「ちょっと前に、わたしが読んだ本にあったの。世界と世界は時空の扉によってつながれている。それを開けるためには、膨大なエネルギーが必要なんで、簡単には開かないんだけど。彼女は別世界から来たのかもしれない。そうだとしたら、その光のエネルギーは扉を開くために使われた、と考えられるし・・・それとも」
魔道の一種かしら、と独り言のようにつぶやく。
 考え込み黙り込む少女に、ラーヴィス軽く苛立つ様子をみせた。
「そんなことはどうでもいいじゃないか。それより」
「それよりも何で虚無の森にいたの?」
「え・・・っと」
先手を取られて、内心焦った。彼女と話しても、この質問が出てこないように会話をもって行く予定であったのに。
「た、たまたま通りがかったんだよ」
かなり苦しい言訳けであることは、本人が一番よく知っている。なにせ場所が場所、虚無の森である。普通の生活を送っていれば、通りがかることはおろか、近寄ることさえあるはずがない。
「嘘おっしゃい」
当然のことながら、嘘はばれている。少女は両手を腰にあて、子供をしかる調子で青年を見上げる。
「わたしの後をずっとつけてたでしょう。わたしが気づいてないとでも思ってた?」
「・・・そんなことをした覚えはないなあ」
青年は悪びれた様子もなく答える。
 彼女の後を付けて虚無の森に入って行ったまではいいが、情けなくもそこで彼女に巻かれてしまい、そのまま森の中でふてくされていたという彼にとって都合の悪い出来事は、宇宙の彼方に故意に忘れ去られたようだ。だからこそ、少女を助けるに至った経緯ではなく、助けたという結果だけを報告した。
だが少女はラーヴィスの性格を知りつくしている。彼に詳しい事情を話させるようなことはしなかった。聞いたとしても、忘れた、の一言だけしか言わないだろうから、時間の無駄である。
「じゃあ、それはもういいわ。忘れてあげましょう」
少女のその言葉で、彼はほっと息をついた。もちろん、彼女に気づかれないようにである。それに気づいたか気づかなかったか、少女は彼に一歩近寄り、顔を近づける。
 この際、なぜラーヴィスがその場に居合わせたかはどうでもいい。
 大切なのは、ラーヴィスが拾ってきた少女が生きているということだ。
 だがそれよりも先に、彼には聞かなければならないことがある。
「ところでね、わたしを変な王子様に売ったのは、あなた?」
「人聞きの悪い。頼まれたから情報を教えてあげたんだよ」
「な・ん・で、わたしなわけ?他の魔道士でもでもよかったはずよ。そう、例えばあなたでもね」
憤然としてラーヴィスを睨み付ける。彼、ラーヴィスは実力ある魔道士として名の知れた人物であるからだ。
「オレとしては、信頼できる魔道士を紹介したつもりなんだがね、ファール」
そう呼ばれた少女は、顔をしかめた。
「その名前を呼ばないで。わたしはただの魔道士よ」
少女の真意が解らないらしく、ラーヴィスは両腕がふさがっているにもかかわらず、器用に肩をすくめる。
「なんでわざわざ名を隠すんだ?おまえの名を使えばいろいろと便利だろうが。なんせ・・・」
「ラーヴィス!」
少女が遮る。声が大きくなり過ぎ、慌てて口を押さえる。
「その名を口にしないで。名前なら、あなたが名乗れば良い。ラーヴィスの名も捨てたもんじゃないと思うけど」
少女はくるりと回った。ラーヴィスに背中を向け、肩越しに声をかける。
「戻りましょう。彼女が風邪をひいてしまうわ」
少女はラーヴィスの応えを待たず、先に歩きだす。もちろん異論の無い彼も無言でうなずき、後を追った。小走りにかけて、先を歩いていた少女に追いつき、肩を並べる。
「さっきの話だが、オレの名を使うって事は、オレもついて行っていいってことか?」
「ダメと言ってもついてくるつもりでしょう。だったら一緒に行ったほうがいいわ。あなたったら、何を仕出かすかわかったもんじゃない」
これにはラーヴィス本人が、もっともだと頷いた。
 少女はちら、とラーヴィスが抱えている少女を見やる。
「その子は、セリアに預けましょう」
少女が静かにつぶやき、彼は頷いた。

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